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えあとあれこれ

神様、えあ(仮名)です 2

前回の記事で書いた棉神様が祀られている神社に、えあを連れて行って来ました。

           IMG_4562 (2)
          ここに来るの初めてのはずなのに、何だか懐かしいような

一度体の中に入る前の綿だけで来てるからね、その時の記憶があるのかな?

この神社の御祭神は新波陀神(棉祖神)です。

「日本後記」巻八の桓武天皇(延歴一八年七月から八月)の条によれば

是の月(八月)、三河の国に一人の男が小舟で漂着した。

背を布で覆い、褌を用い袴は着けていない。

左肩に袈裟のような紺の布を着け、年齢は二十歳ぐらいだろうか。

身長は五尺五寸(約167cm)、耳の長さは三寸(約9cm)ほど。

言葉は通じず、どこの国の者かもわからない。

唐人(中国人)は彼を見て崑崙人(こんころじん)だと言う。

所持品は一弦琴と壺、その壺の中に綿の種子が入っていた。

これが我が国に綿が伝えられた最初だとされています。

後に彼は言葉を覚え、自分は天竺から来た天竺人だと言ったそうです。

       IMG_4563 (2)
                 ここは境内にある棉資料館だよ

どう撮ってもガラスに後ろの景色が写り込んじゃうなぁ・・・

ガラス以外にも表面が磨かれた石碑なんかも気を付けないといけませんね。

気付かないうちに撮影者の姿が写り込んでいる事があるので

           IMG_4566 (2)
               神様とお話してるからちょっと待っててね

確かあの時も神様とお話してたような、今回はどんなお話をしてるのかな?

           IMG_4567 (2)
     えあの体は神聖な綿で出来てるから、大事にしないと天罰が下るんだって

えあの事はいつも大事にしてるから大丈夫・・・だと思う・・・けど・・・

           IMG_4568 (2)
   あ、それからもしもの時は、神様の代わりにえあがお仕置きしてもいいんだって!

え!?まさかそれも神様が言ったの?・・・だいたいえあがお仕置きっていったい何を・・・

あ、ちなみ資料によれば、この時の棉の栽培は上手くいかなかったそうです。

日本で綿の栽培に成功したのは戦国時代末期と言われています。

それでは今日はこの辺で。

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  1. 2017/08/12(土) 09:30:05|
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